環境

景観に圧倒

鬼押出し園というところへ行ってきました。
志賀高原から峠越えをして、群馬県の万座温泉を抜けて浅間山のふもとへ。

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鬼押出し園は天明3年(いつ??と思ったら1783年、江戸時代で田沼意次の時代でした。)浅間山の大噴火の溶岩の名残で、「火口で鬼があばれ岩を押し出した!」という当時の人々が見た噴火の印象に由来して、この名がつきました。園内は遊歩道が整備され、黒々とした巨大な溶岩を間近で見ることができます。高台からは荒涼と広がる大地を見渡すことができ、私はなんだかこの世の果てに来てしまったような、なんとも言えない気分でした。

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万座温泉のあたりや、草津の白根山を越えるときも、あちらこちらで蒸気が吹き出し、岩肌が白っぽい黄色になっていて、硫黄の臭いがしていました。万座は温泉地ですし、季節柄トレッキングに来ている方やツーリングに来ている方をたくさん見かけましたが、「硫化水素ガス危険地帯」みたいな看板もたまに立ててあり、すごいとこだなぁ・・・と思いました。

人の手で作られたもので素晴らしいものはたくさんありますが、人が足を踏み入れることすら許されないような場所の景観は、圧倒的で、神々しく感じてしまいます。昔、人々が地獄と言ったような場所は、「綺麗で素敵でかわいくて・・・」というのとは違い、恐ろしいくらい不安で、でも「かないっこない」と思うくらい堂々と悠々としていて、畏怖の念というのを抱かずにはいられません。きっと神様はこういうところにいるんだと思ってしまいます。

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自然の強さ厳しさを感じたあと、熊笹に覆われた山々の絶景はとても気持ちよかったです。ところどころ白く見えるのは、残雪。まだ雪があるなんて、信じられない?

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「ひをふくやまとあおいぬま」

あんどうみきお/作 たなかたかし/絵

福音館書店

昔むかしの北の大地のお話。乱暴者の岩山ピンネシルのふもとにそれは美しい青い沼ピルカトーがありました。ピルカトーの歌は美しく、森の生き物がたくさん集まってきます。ピンネシルはごうごうと火を噴いて、生き物たちを追い出しました。そんなふうに、ピンネシルがピルカトーに結婚を申し込んでも受け入れてもらえるはずがありません。
焼け野原が森に再生する様を、噴火山と沼の悠久の恋を織り交ぜて描いた物語。

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バジル成長記

うちはベランダでバジルを育てていますbud

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というとちょっと感じの良く聞こえますが、実際は「うちのベランダのプランターにバジル群生してます。」というほうが適切な気がします。なぜなら、種をばら撒いただけだからです。去年枯れたバジルの鉢のあとに。

こんな感じ。

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                                                    この緑の雑草っぽいのが全部バジルの芽です。(上段・下段とも)ほんと、雑草なのかバジルの芽なのか、もう少し育ってみないとわからないという現状。間引きとかも、ほとんどしません。勝手に生存競争させます。あくまで自然体。野生に近い(?)状況で生き延びているうちのベランダの鉢植えたち。でも、蘭もサボテンも綺麗に花をつけ、水仙は毎年芽を出し花を咲かせ、オリーブも育っています。

「うちの植物は過酷な環境でたくましく生きている。」母がよく言っています。もちろん、水やりを怠っているわけではありませんがcoldsweats01生き物なので過保護にしすぎると、すぐ弱っちゃうんですよね。私も植物を育てるの下手でしたが、それを見習ったら少しはうまくいくようになりました。

件のバジルは、成長したらサラダなどにして食べますrestaurant
トマトに岩塩と胡椒、オリーブオイルをかけて、大量に刻んだバジルをのせたサラダはうちの夏の定番メニュー。とってもシンプルだけど、本当においしいですよ。バジルは葉を摘み取っても、次々新しい葉が成長するので毎日でも使えるありがたい草です(笑)

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「はちうえはぼくにまかせて」

ジーン・ジオン/作 マーガレット・ブロイ・グレアム/絵 もりひさし/訳

ペンギン社

なつやすみ、旅行にでかける人達の鉢植えをあずかり、世話する事にしたトミー。植木鉢1個で1日2セント。鉢植えの世話が上手なトミーのおかげで、植物はどんどん大きくなり,まるでジャングル。

トミーのように手厚くお世話をしてくれたら、植物も嬉しいでしょうね。トミーは、ちゃんと本を読んでその植物、鉢植えに合ったお世話をしていて、とってもエライ!

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わかりあえない珍客

今日の話題は、苦手な方も多いかもしれません。

昨日の夜、帰宅して静まったリビングの天井に、なにやら見慣れないものが。天井は白いので、何か物体がついてると目立つんですよね。よくよく見ると、あ、虫くん。(ゴキブリではなさそうgawkdashでも飛びそう・・・bearing

案の定、晩酌のあとの父はぐっすり寝ているし、母は虫とか全然ダメ。ということは今、珍客と対峙できるのは…私だけ!wobbly穏やかでおとなしいこと、優しすぎることを「虫も殺さぬ・・・」と言いますが、いや、殺せないことはないし、むしろだいぶ虫も平気なほうなんですけど、「殺生」と思うと、なんとなくかわいそうになってしまって・・・。

虫だって別に悪意があって、家に入り込んでしまったわけではないですからね。たまたま、外に干してた洗濯物にとまったところで、取り込まれてしまったとか、風で窓が開いていたとか、玄関で人の出入りにつられてしまったとか。ほんとは、こんなところに来るつもりじゃなかったのに、閉じ込められてしまったんだろうなぁ。と思うので、できれば穏便にお帰りいただきたい!doorupという感じ。

絵本には、人間以外の生き物が主人公のお話もたくさんあります。それこそ虫だって、名前があったり家族があったり。もし本当に虫の世界もそういうふうだったら、不本意に人間の家に紛れ込んでしまったために、キン○ョールとかアー○ジェットとかシューーーーッってされて帰らぬ虫に……。typhoonだったらやっぱりかわいそう。(毎日絵本に接してるから洗脳されちゃったかしら?)

だからといって、放っておくわけにいかないですもんね。噛むとか刺すとか血を吸うとか危害があるやつはやっぱり嫌だし、そうでなくてもクローゼットとかに入り込まれたら悲惨cryingでも虫と私はどうしても意思疎通ができないからな~。言葉かテレパシーでも通じれば、無駄な殺生しなくていいし、窓からバイバイって出て行ってくれたらどんなにいいかなぁと思います。

それにしてもアー○ジェットはすごい威力。たぶん、昨日の虫にはシューが直撃したわけではなくて、飛沫がかかったくらいだと(要するに外した)思うんですが、すぐにキュ~~~って。あぁ、ごめんね。ほんとにごめんねdown

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植物のちから

桜の季節が終わると、一気に暖かくなったような気がしますね。桜が咲いていると上ばかり見上げて歩いてしまいますが、毎朝、地下鉄まで歩く道々、足元が華やかになっているのに気がつきました。ホトケノザやヒメオドリコ草、ぺんぺん草を見つけると、「もう完璧に春きたな」って思います。

今日は雨なので、ちょっと写真が暗いですが・・・coldsweats01

Photo どこかの庭から種が飛んできたのか、こんなかんじで近所の歩道の両脇にポピーが野生化して咲いています。すごーく小さい、小指の爪くらいの小ささの花もあって朝から和みます。

Photo_2 どうやって根を張っているのか・・・さっぱり想像できないけどたくさん花をつけてるスミレ。

Photo_3 側溝のまわりもこの通り。わずかなコンクリートの隙間からぐぐっと茎をのばして、葉と花を広げています。

                                              

                                                 

                                                

雑草、といわれてしまう野の草花ですが、その生命力の強さ(しぶとさ?)には毎年圧倒されてしまいます。それに苦労をさせてれている方もなかにはたくさんいらっしゃるのでしょうけど、本当にこの隙間で、どうやって花をつける栄養をとるの?って思うような場所で生きてるんですよねー、不思議。しかもよく見ると、色とりどりで小さくてかわいい花がついてたりして。

「みんなのうた」の中に、そんな野の花のことを歌った「たんぽぽ」という歌がありまして、小学生の頃、担任の先生の好きな歌でよく歌いました。春、それこそたんぽぽを見つけたり、他の草花でも見つけると、なんとなくその「たんぽぽ」の歌が、オルガンの伴奏付きで思い出されます。すずめ百まで…ってやつですね。

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「しょくぶつ」

高森登志夫/絵 古矢一穂/指導

福音館書店

四季の草花、野菜、果物など身の回りの植物がたくさん描かれています。丁寧な解説つき。とても丁寧に描かれた絵は写真とはまた違った魅力があります。

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「じめんのうえとじめんのした」

アーマE.ウェバー/文・絵 藤枝澪子/訳

福音館書店

幼い子どもが日常ごく身近に出会う動物や植物を例にとり、地面の上と目に見えない地面の下に分けて、いろいろな生活の姿を浮き彫りにしています。無駄のない優しい言葉と、単純明瞭な楽しい絵によって、何の抵抗もなく自然界の営みを受け入れられるでしょう。

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水ー!!

昨日は用事があって、帰宅が遅くなるよと母に言っておいたのですが、目的地への道すがら、母からメール。

午後10時から断水するそうです。なるべく早く帰ってね。

えぇ?急に?
どうやら、水道工事のためにうちの地域が断水になったようです。まず最初に思い浮かんだのは、「あ、お風呂」。なるべく早く帰って入ろっと。
でも気づいたら9時過ぎていて、慌てて帰ってきたものの家に到着したのは10時過ぎ。アウトー!!途中で、水が出ないってことはお風呂だけじゃなく、手も洗えないし、ご飯食べたら食器も洗えないし、…トイレも流せないじゃん!!ということに気づき、こりゃちょっとばかり早く帰れたとしても、全て済ませて断水に挑むのは全然無理な話だったなと思い、なかば諦めて歩いてたんですけどね。

夕食を食べて、あらかじめ母が溜めておいた水をちょいちょいっとお皿にかけて、キッチンペーパーでふいてから、水につけました。…キャンプみたい!
その次はお風呂。湯船のお湯で、顔・頭・身体を洗います。シャワーに慣れた生活をしていると、どれだけ自分が普段、湯水をじゃーじゃー流してまくっているかよくわかります。湯船のお湯も、断水の間トイレを流すのに使うので、ざばざば流せないし、こんなにお湯の量に神経使うことって、普段なかなかないことです。大バケツ一杯で身体を洗っていた、フィリピンでのワークキャンプの経験がこんだところで役立ってしまうとは。なんだか家でサバイバルです。

日本には「湯水のように使う」という言葉がありますが、水資源が豊富で、なおかつ現在は水道が整備され、とても便利になっているし、だいたいどこでもシャワーが使えます。それが一時的でも遮断されると、ものすごく不便を感じますよね。なんか私も断水の間、寝るまで妙に緊張してました。「今、水使えないんだ」って。明日から、断水が終わっても、水を大切にするように心がけようと思いました。

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「羽田の水舟」

野村昇司/作 阿部公洋/絵

ほるぷ出版

まだ水道がひかれていなかったころ、村には水屋という仕事があった。きれいな水を汲んできて売るのだ。ため吉という少年は、村の人々のために水屋として働くことを決意する。

水と人々の生活の密接なつながり、時代の移り変わりを感じることができます。

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地面に触れる

秋も深まり、木々の葉が落ちる頃に思い出すのは小学校4年生のときのこと。校庭の隅がお気に入りの場所で、みんなで走って行っては休み時間の間中、落ち葉をかき集めていました。

4年生まで通った小学校は学校のぐるりがケヤキの木で、真赤に紅葉する葉ではないのですが、かさかさとよく乾燥していて集めやすい葉なのでした。それを山盛りに集めて。飛び跳ねたり潜ったり、放り投げてみたりして遊びます。
でも一日かけて集めた落ち葉は、掃除の時間に持っていかれてしまったり、放課後、用務のおじさんが片付けてしまったりしていたので、朝学校に行って「もー!!」って、また一から集めなおし。そんな攻防戦がしばらく続きます。

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「かくれんぼ ころわん」

間所ひさこ/作 黒井健/絵

ひさかたチャイルド

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「ころわんのたからさがし」

間所ひさこ/作 黒井健/絵

ひさかたチャイルド

                           

                          

このころわんと、同じことして遊んでたんですけど、今の小学生もそうやって遊んでいるのでしょうか?落ち葉遊びは、秋の匂いがしてちょっと痛くすぐったい感じで、もはもはふかふかで、とっても楽しい思い出です。

最近、公園の遊具の安全性が問題になるニュースが増えています。いろいろありますが、いつも話題になるものの一つに「砂場」がありますね。

猫や犬など動物のフンが混ざってしまっているなどの衛生問題や、心無い人が砂場に危険なものを隠しておいて怪我をさせる、ガラスの破片が混ざっているなどの安全性問題…。
そこで最近の公園には、フェンスで囲ってある砂場があるんですね。

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でもどの公園のフェンスも低くないかな…。猫なら簡単に入れちゃいそう。それに、テレビで紹介していたときは、子どもを公園に連れてきていたお父さんが「柵の中に子どもを閉じ込めちゃってるみたいで微妙」なんて言ってましたけど、公園への管理に高い関心を寄せている方がとてもたくさんいらっしゃるということも調べてみてわかりました。「子どもの安全」から考えたら当然なのかもしれませんが。

うーん。私が小さい頃も、けっこう砂場からいろいろな「掘り出し物」ありましたけどねぇ。フンとかフンとか。
未然に防ぐということも、もちろん大切なことですが、寄せつけないだけでなく子どもにちゃんと知識を与えることも大切だと思います。見つけちゃったら、とても汚いから面白がって触らない。砂場で遊んだらいろんなところに触らないで必ず手洗いうがいをする、とか。

砂場でなくても、子どもは地面で遊ぶのが大好き。私もよくどこでもしゃがみこんで、石を集めてみたり、枝で絵や字を書いてみたり、草をむしってみたり、砂や砂利でなにともなく遊んだりしてました。たしかに不衛生というリスクはあるけど、地面に触れて遊ぶことは悪いことじゃないし、そんなこと子どものうちしかできないんだから、思いっきり遊ばせてあげたいな~と思ってしまいます。

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一日一善、一日一押

昨日、新聞でワンクリック募金ができるウェブサイト「イーココロ!」を立ち上げた関根健二さんのエピソードコラムを読みました。

8年前、関根氏は留学からの帰途立ち寄ったパレスチナで、夢中でサッカーをしている少年と仲良くなり、何気なく「大きくなったら何になる?」と聞いたところ、「爆弾の開発者になって、イスラエル人をたくさん殺してやるんだ」という答えが返ってきて驚いた。帰国後はITベンチャーに勤めたが、過労で倒れ病院へ運ばれる。このまま死んだら最低の人生だ…そのとき頭に浮かんだのがあのパレスチナでの少年。「ああいう子に普通の夢をみさせることはできないのか?」勤めを辞め、ITの知識と技術を駆使して、「イーココロ!」を立ち上げた。といういきさつです。

パレスチナの少年の「爆弾の開発者になって、イスラエル人をたくさん殺してやるんだ」という答えには、関根氏でなくても驚いちゃいますよね。もし万が一自分の息子がこんなこと言ったら、力いっぱい肩を掴んで頭がっくんがっくんなるくらい揺さぶっちゃいます。何言ってんのー!!って。でも、生まれたときから戦争状態にある国の子どもたちにとってはそれが当然のことであり、これが現実です。

話は変わりますが、みなさん「祈りの効果」ってどう思いますか?うーん、そんなこと言われても簡単に信じられるものではないですよね。祈っただけで成果があるならみんな魔法使いになっちゃますよね。

でも私、昔ラジオで聞いたんです。
外国の実験結果で、病気の人何人かと健康な人何人かを2つずつのグループに分けて、1つのグループの健康な人に毎日、同じグループの病気の人の回復を祈ってもらい、もうひとつのグループでは何もしなかったところ、祈ってもらったほうの病気の人の回復が、何もしなかったグループの病気の人の回復よりも早かったそうです。目に見えず、形もない「祈り」を科学的に実証することは難しく、これを「祈りの効果」として断言することはできませんが…。でも信じたいと思いました。祈りは届くって。後日、クリスチャンの友だちにこの話をして「本当だと思う?」って聞いたら、自信満々に「お祈りは効くよ!」と言っていました(笑)

今の日本だと、宗教的な感じはすごく避けられるものですよね。でも「祈り」の行為そのものはずーっと伝統行事の中に息づいています。節句や七夕、お盆の伝統。最近、教室に通う人が増えたフラダンスだって、もとはポリネシアの神様に捧げる祈りの舞。実は身近にあるものです。こうしてずっと、古代から脈々と続いている行為って、絶対に成果があったからだと思いませんか?だから私は、祈ったときにすごく微弱な電波みたいなものが出てて、それがビビビって時間をかけて対象物に届いてるんじゃないかって、勝手に思っています。届くと思う。

話はもとにもどって、ワンクリック募金です。
せっかくなのでこの絵本ブログにもブログパーツをつけたいと思います。

「イーココロ!」http://clickbokin.ekokoro.jp/
「クリックで救える命がある。」 http://www.dff.jp/

ワンクリック募金には、地雷撤去や植林活動、子どもの支援など様々なプロジェクトがあり、それをサポートしている企業のサイトへ飛んで「クリック」を押すと、その企業がプロジェクトを支援しているNGO団体へ、クリックした人に代わって「ワンクリック=1円」を寄付するというしくみになっています。

最初くらいは、どんなプロジェクトをどんな企業がサポートしているのか、ざっーと読んで「そのプロジェクトに賛成!」でポチっとクリック!次の日からは「思いが届きますように」ってクリック!

そう!「祈りは届く」です。ほんの何分かワンクリックの時間、お腹がすいた子どものこと、砂漠のこと、戦争のことに思いを馳せてみて下さい。現在、「イーココロ!」では16(うち2つは今月休止中)、「クリックで救える命がある。」では11の募金活動が稼動中。全部やったら25円です。皆さんの微弱電波が世界に届きますように。

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ヌシ、現る。

何日か続いた雨があがったら、ぐっと気温が下がったような気がします。10月になっても汗ばむかんじだったので、私はまだ衣替えしてません。これは急いで替えなきゃいけないかしら。

さて、今日の気になるニュースは和歌山で捕獲された大ウナギのニュース。

体長1.4メートル、体重8キロ、胴回りの太さ40センチ!
近くで見ると、大蛇のようですって。これは絶対ヌシですね。川のヌシ。

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大ウナギは南方系のウナギで背は黒褐色、不規則なまだら模様があります。1メートルを超える大きなものは数年に1度捕獲されており、和歌山県の南部は大ウナギの分布の北限に近く、生息数が少ないそうです。

なんだー。北限が和歌山県じゃ、見たことないはずだな!
皆さんはヌシに会ったことありますか?私は神社とかお寺とかの池をぼーっと眺めているのが好きでよくヌシ待ちをするのですが、いつもヌシに会えているわけではありません。一度、鎌倉の鶴岡八幡宮で、ヌシが出てくるまで待っていたら、大きな亀が一瞬だけ頭を出してこっちを見たので「あれはヌシだ!」と思ったのですが、今となっては本当かどうか…。

ヌシの話ではないですが、すごく小さい頃、集合住宅(マンションじゃない!)の1階に住んでいて、その庭に迷い亀がやってきたことがありました。どこかで飼われていたのか、旅の途中だったのか…。父は「亀は神様の使いだから」といって日本酒をふるまい、酔っ払った亀を熱田神宮に連れて行きました。

この前、熱田神宮に行って久しぶりにその亀を放した池のそばで宮きしめんを食べました。食べながら、あのときの亀は元気だろうか。もう20年もたつけれど…亀は万年って言うくらいだから、まだ元気だよね。と思ったりしていました。

亀も大ウナギも大なまずも大カエルも、神様の使い・池や川のヌシとして大切にされてきました。ときどき人前に姿を現しては、なにかメッセージを残して帰っていきます。人の俗世を横目に、大きな体で悠々としている感じが好きです。熱田神宮の亀さん、いつまでも見守っててね。

Photo 「とくべえとおへそ」

桂文我・田島征彦/作

童心社

ヌシのオオウナギに連れられて天上に行ってしまうとくべえのお話。

とくべえは、天に昇るおばけうなぎを釣り上げてうなぎに連れられ雲の上へ。かみなりのごろぞうと一緒に、かみなりのお祭に出たり、王様とお后様からおへそを取り返したりします。でもとくべえ、無事に地上に帰れるのかな。

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カッパの話

この前テレビを見ていたら(例によって怖い話系)、東京・浅草の「かっぱ寺」に納められている「河童の手」が紹介されていました。

全国各地に言い伝えが残る超メジャーな妖怪・カッパ。
古くから水と深い関わりを持ちながら生活してきた日本人にとって水神であるカッパは、身近な存在だったのかもしれません。

頭にお皿をのせていて、手足に水かきがあって、全身みどり色という姿かたちは人ではないけど、キュウリが好きで、ときどき悪さをして、でもときどき人を助けてくれたりして…そういう思い描くカッパって、人間味を持ち合わせていますよね。

「アランジアロンゾ」のカッパはまさにそうで、人と同じように日々暮らしの中で、驚いたり悩んだり強がってみたりするキャラクターとして描かれています。

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「どこへいくカッパくん」
 
アランジアロンゾ

ベネッセ

                                                 

                                                

                                              

不思議と、カッパの人間臭さって違和感がないんですよね。
水の中の別世界で、人と同じように暮らしているんじゃないかっていうかんじ。家族がいて、お祭りがあって、お土産に心を許しちゃって…こんなふうに。

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「おっきょちゃんとかっぱ」
 
長谷川摂子/文 降矢奈々/絵

福音館書店

                                                

                                            

                                            

今年の夏休みは、「河童のクゥと夏休み」というアニメ映画が公開されています。
河童が暮らせない環境とはどんなものかを考えさせる、エコロジーを正面から唱えなくても感じ取ってもらえるのでは。という思いが込められている映画です。

このようにカッパは、最近では川と人間の共生のシンボルとして扱われたり、環境問題や生き方を問いかけるきっかけとしての存在となっています。

でも、カッパが暮らせない環境って、なんなんでしょう?
どんなに親しみを感じられるような人間臭い面を持っていても、カッパは妖怪。街の、アスファルトの上をカッパが歩いてるなんて、ビルの陰にいるなんて、ちょっと想像しにくいし、ものすごく違和感がありますよね。やっぱり、カッパに会っちゃうなら、なんか木々がうっそうとしてるような、草がたくさん生えていて湿っているけどひんやりした風が吹くような、水辺とか湿地とか。いかにもっていうかんじの場所を想像しますよね。
たぶん多くの人が、カッパはそういう自然がいっぱいの人工的に開発されていない環境でしか暮らせない、というイメージを持っているということです。
だから、環境問題のシンボルとしても適任なのだろうと思います。

絵本にもしばしば登場するカッパ。それは昔話だけでなく現代のお話としても描かれています。
何かに畏怖の念を抱いたり、何かに感謝したり、そういう気持ちが育まれていくようにカッパにはこれからもどんどん登場してもらいたいと思っています。

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「カッパのごちそう」
 
阿部夏丸/文 渡辺有一/絵

童心社

                                           

                                          

いつか本物に出会えてしまったら…もちろんキュウリをプレゼントして友だちになります(笑)

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天然記念物・モリアオガエルと私

モリアオガエルという、天然記念物のカエルをご存知ですか?
実は、私にとってこのカエルは姉妹も同然の身近なカエルなんです(笑)

先日の中日新聞に、新城市の矢部の池でモリアオガエルの卵が見つかったという記事がありました。なぜ、それが記事になるかというと、その確認されたモリアオガエルの生息地が、第二東名高速道路の建設予定地にかかっており、彼らは生息地を追われることになるからです。

モリアオガエルは、普通のアマガエルより一回りほど大きくて、ちょっと変わった特徴をいくつか持った貴重なカエルなんですよ。一番はその産卵。モリアオガエルの卵は水の中ではなくて、なんと木の枝にぶらさがってるんです!森林に住む彼らは、泡状の卵塊を木の枝に産みつけるのです。卵塊の大きさは直径10センチくらい。卵塊の中でふ化したおたまじゃくしは、ぼちゃんと下に落っこちます。そうです。産卵場所は、池のそばに木がはえていて、なおかつ水面に木の枝がせり出しているような場所であることが絶対条件なのです。

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先ほど、「私とモリアオガエルは姉妹も同然」なんて言いましたけど、何を隠そう私の母校は校内を東名高速が走る山の中。いたんですよ、モリアオガエルが学校に!というか、校庭が彼らの生息地でした!(笑)

ちょうど、今の時期かもう少し早い時期(5月下旬くらいかな)になると、校庭の池のそばの枝垂桜に、丸いモリアオガエルのアワアワの卵塊がぶら下がり始めるんです。それは不思議な光景です。初めて見たときは、正直気持ち悪かったですね。緑が濃くなった枝垂桜の枝に、薄黄色い、得体の知れない丸いものが、ダラーンダラーンといくつかぶら下がってるんですもん。

調べたら、ふ化したおたまじゃくしは、雨の日に溶けた泡と一緒に池に落ちるのだそう。どおりでおたまじゃくしが池に落ちるところを見られなかったわけだ。1回見たかったのに~!!
そうしていつの間にか、枝垂桜のアワアワ玉はなくなってしまうのです。そうすると、夏の前の中間テスト。いや~懐かしい。

そんな頃に池をのぞくと、ものすごい数の小さいおたまじゃくしがいるのですが、次の年にできる卵塊は、両の手で数えられる程度です。無事にオトナのカエルになって、親になれるのはほんの少しってことです。
そして、産卵条件の整った場所が限られ、そのような場所も環境の変化でどんどん少なくなっているので、モリアオガエルの生息数は各地で減少傾向にあるそうです。

日本の固有種で、こんなに愉快な特徴のあるカエルなので末永く生きながらえてもらいたいものです。なんとか、新城のモリアオガエルも別の場所に移してあげられればいいのですが…。

モリアオガエルのお話じゃないけれど、かわいいおたまじゃくしのお話はたくさんありますよね。

2_2 「999ひきのきょうだい」

木村研/作 村上康成/絵

ひさかたチャイルド

Photo_31 「999ひきのきょうだいのおひっこし」

木村研/作 村上康成/絵

ひさかたチャイルド

3_2 「おたまじゃくしのたまーら」

マイケル・バナード/作 吉田新一/訳 竹山博/絵

福音館書店

                                   

魚の形のものから足がはえてカエルになるなんて、小学生のとき毎日の観察がとても楽しかったです。

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しろくまが好き。

いろんな動物が好きですが、群を抜いて気になるのが「シロクマ」です。

北極圏にしかいなくて真っ白な体で、しかもあーんな大きな体で、すごく泳ぐのが上手っていうのも神秘的だし、氷の上で戯れてる格好とかしぐさも、めちゃめちゃかわいい。かなり猛々しい肉食の動物なのに、なにそのかわいさ!!!私もそこに混ざりたい!!っていうくらい、まったりしてるし。

そんなシロクマを大迫力で見られる動物園が「豊橋総合動植物公園」通称・のんほいパーク
2006年度の年間入園者数が92万人を突破し、全国トップ10に入る見込みなのだそうで、にわかに注目されています。

私も、行ったことがあります。もう2年くらい前かな。
かなりオススメですよ!!

シロクマも変わった角度から見ることができるし、その他にも乗馬体験ができるし、ひとつひとつの動物舎が大きく、動物たちの様子を飽きずに観られるように工夫がされています。中でも、アフリカ園は、本当のサバンナを再現しているようで、広大な草地にキリンや、シマウマ、トムソンガゼルなどが放し飼い状態になっています。悠々と歩き回っている動物を見ていると、プチサファリパークに来たみたいな感じ。カバも、すごーく近くで見られるんですよ。また行きたい!!と思える動物園です。私が行ったときは、まだオーストリア園ができる前だったので、また今度絶対行きます。

で、シロクマですが地球温暖化の影響を直接受けているのもまた彼らです。自分は何も心当たりがないのに、生活環境がどんどん変わって、しかも悪化してしまっているなんて、本当にどうしたらいいかわかりませんね。
シロクマは泳ぐのは得意ですが、やはりずっと泳いでいるのは体力を消耗しすぎてしまうのです。冬の間に氷の上でちゃんと狩りをして体の中に蓄えをしないと、氷が解ける夏を越せないのだそうです。(北極と言っても夏には氷がだいぶ解けるんですよ。)動物園のシロクマも、いつも暑そうですし。

シロクマを守ってあげるには、どうしたものかと日々思案して、結局電気をこまめに消したりとか、そういうことしか思いつかない、ちょっとしたやるせなさを感じています。

かわいいしろくまの絵本↓↓↓↓

Photo_28

「しろくまのペーター」

 にしかわおさむ/作

 教育画劇

Photo_11 「しろくまくん、つれてって!」

 ハンス・ド・ピア/作 矢川澄子/訳

 童話屋

Photo_29 「しろくまくん、ふねにのる」

 ハンス・ド・ビア/作 矢川澄子/訳

 童話屋

4_1 「しろくまくん、どこへ?」

 ハンス・ド・ビア/作 矢川澄子/訳

 童話屋

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コアラ社会問題

日本全国の動物園のコアラにも少子高齢化がすすんでいるそうです。
でも根源の理由は、日本の人間とは違います。

オーストラリアでは開発が進むなどしてコアラの生息地が狭まり、
一部の州で生息頭数が激減。日本への提供も抑えられている。
これに伴い、日本国内の飼育頭数も減少し、5~6年前は100頭前後だったが、現在は全国9か所で計63頭という。

おお。コアラにも深刻な問題の波が…。

そのため、日本の動物園同士が協力し、コアラをお見合いさせようという
作戦を展開中。同じ施設内での繁殖を避けるために、雄が別の動物園へ
出張お見合いをしているそうです。

この共同繁殖計画、昨年からスタートしたそうですが、
すでに3頭のあかちゃんが生まれていて、今年も期待が高まっています。

私にとって、コアラっていえば名古屋市の東山動物園の
いつも寝てるコアラなんですよねー。
コアラ舎にいつもぞろぞろ並んで入って、「やっぱり今日も寝てるー

しかも結構最近まで、東山のコアラは、上野のパンダ級に貴重
なんだと思ってた(^^;)
全然、全国各地の動物園にいますよねー、コアラ。

いつも寝てるか、ユーカリの葉っぱをむしゃむしゃ食べてるか
そんなコアラですが、たまーにノソノソ動いてる姿には癒されます。
というか、「あぁ!動いてるよ!」ってちょっと興奮。
赤ちゃんをだっこしたりおんぶしたりしている姿もカワイイですよね。

私の小さい頃のお気に入りのぬいぐるみの中に
コアラちゃん(東山動物園で買ったやつ)もあったはずです。
オーストラリアのお土産のコアラのぬいぐるみは、微妙にリアルで
あんまりかわいくないんですけど、東山のコアラのぬいぐるみは
手触りがよくて、丸っこくつくられていてかわいかったな。

でも、絵本では、なかなかコアラの絵本見かけないですよね。
オーストラリアにはたくさんあるのかな?

そんな中、世界的アイドルコアラの名をほしいままにしているのが彼女

ペネロペ

1_1 「おなかすいたね、ペネロペ」

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2_1 「きょうはなにするの、ペネロペ」

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3_1 「ペネロペひとりでふくをきる」

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4 「ペネロペうみへいく」

                                                                 

ともに アン・グットマン/文 ゲオルグ・ハレンスレーベン/絵 ひがしかずこ/訳 岩崎書店

3歳の青いコアラでちょっぴりうっかりやさんの女の子。
幼稚園でお絵描きしたり、おうちでクレープ作ったり、
遊びをしたり、農場でお手伝いをしたり・・・

「コアラ」と「子ども」がいい具合に溶け合って
人間の子どものような、愛らしい「うっかり」は
毎日の生活を、素敵にかけがえのないものにしていきます。

誰もが体験してきた、そんな幼い日のキラキラした心を
上手に切り取って描いた絵本。
「リサとガスパール」に並び「ペネロペ」が、大人にも人気なのは、
何気ない子ども時代の素直さ、新鮮さが、ちょっと笑えて
懐かしいかんじがするからかな、と思います。

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